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ペリーのちょんまげ

銭形平次
(ぜにがたへいじ) 出演:大川橋蔵 1966年
掲載日2001年05月12日
   毎週水曜夜8時といえば『銭形平次』で育った人も多いのではないだろうか。なんたって、放送開始以来18年間も休まず続いた長寿番組中の長寿番組だ。『水戸黄門』もすごいけど、ひとりの役者が主演し続けたことを考えると、そのすごさがわかろうというものだ。
 しかし、おおくの名番組がそうであるように、本作もスタート当時(66年)はなかなか苦労もあった。
 まず、主役。昭和30年代から40年代というのは、娯楽の主役が映画からテレビに移った転換期。はじめは、映画スターがテレビに出演するなんてことは考えられなかった。64年のNHK大河ドラマ『赤穂浪士』に、映画『銭形平次』で人気だった長谷川一夫が主演するなど、少しずつ映画スターのテレビ進出が目立ってきた時期ではあったが、大川橋蔵の出演を口説くのも、簡単ではなかったはず。テレビの連続ドラマ初出演の橋蔵は、年に3ヶ月の舞台公演を確約して、出演にこぎつけたと伝えられている。
 橋蔵にとっては、初の町人役。初代お静(恋女房ね)の八千草薫とのコンビ時代には、映画での橋蔵の当り役“若さま”の雰囲気が残る色っぽい平次だったが、年々貫禄がつき、三代目お静の香山美子との頃になると、いかにも“親分”という風情だった。
 ペリー的に印象深かったのは、平次の顔。キリッとした眉毛や濃い目のアイライン入りの睫毛。庶民のなかの典型的な二枚目だ。たまに『スター千一夜』(フジテレビ系で放送してたトーク番組ね。フジ開局の翌日から始まる。第一回のゲストは、長門裕之、津川雅彦兄弟。夜9時から15分間。“スタ千に出なければスターじゃない”とまで言われた。最多出場は吉永小百合の90回。ふっー)などに大川橋蔵が出演すると、その素顔は意外にもの静か、かつ穏やかで驚いた。
 映画の遺作も『銭形平次』になるなど、大川橋蔵はいまも永遠に“平次親分”なにだ。 ( 書き下ろし )

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