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時代劇寺子屋シリーズ

其の四 平成22年10月23日開催 日帰りツアー NHK大河ドラマ「徳川慶喜」〜新発見!水戸歩きで学ぶ幕末維新と偕楽園撮影ツアー〜

講義2 プロデューサーが語る 大河ドラマ「徳川慶喜」制作秘話へ講義1 慶喜研究家が語る 3つのキーワードから読み解く徳川慶喜

澄んだ空気と抜けるような青空の下、弘道館が姿を現すと、水戸の志士さながらのその清廉なたたずまいに一同大感激。慶喜公の父である水戸藩第9代藩主徳川斉昭公が建立したこの藩校には、貴重な資料が数多く展示され、この日のために特別設置された慶喜公の展示も見どころ満載でした。 そんな雰囲気の中、慶喜の研究家として知られる齊藤洋一氏をお迎えして、徳川慶喜という人物についてのお話を伺いました。

徳川慶喜の研究家として知られる齊藤洋一氏松戸市戸定歴史館  齊藤洋一氏
キーワード1.弘道館〜天才児を育んだ水戸藩校

慶応2年、満29歳で将軍になった慶喜公は、翌年には将軍を辞職、その後46年の余生を見事に別の人間として生きました。この弘道館は、そんな人生の前半と後半を分ける重要な場所のひとつということができます。 というのもひとつに、英才教育受けて過ごした幼少期の素朴な思い出の詰まる場所であります。その俊才ぶりは誰もが注目するところとなり、9歳で水戸家から将軍家に養子に出されて一橋屋形(屋敷)の主となり、後に将軍に就任することになります。もうひとつは、大政奉還の後に謹慎生活を送り、明治政府への恭順を示した場所であります。自らの政治性を消し去るかのように趣味人として生きた後半生のスタートとなった場所といえます。

その弘道館をざっと説明すると、17.8haを誇る日本最大の藩校です。水戸学に基づいた、現代風にいえば総合大学のような教育機関でした。今いるこの正庁・至善堂といういわば管理棟であった建物は弘道館全体のほんの一部で、学問を学ぶ文館、武術を学ぶ武館のほか、天文台、鹿島神社、孔子廟まであり、文武両道にもとづき、自然科学や儒学を、さらには神への敬意までを教育していたことがわかります。 斉昭公は当時尊皇攘夷の志士のカリスマ的存在で、先進的思想学問を持つ文化人でした。ここでは出版物まで発行されており、その日本の根本となる思想は全国にも影響を与えていました。

弘道館を見学するとき、身分による使用区分があるのに注意してみるとおもしろいですよ。藩主と師弟の使うところでは屋根の形が違いますし、この特別なつくりのお手洗いは藩主向けです。もうひとつおすすめポイントは湯殿です。浴槽がないということは、当時はかけ湯だったということです。水戸黄門でおなじみのかげろうお吟の入浴シーンはお湯につかっていますけれど(笑)。

松延年筆「尊攘」

松延年筆「尊攘」


徳川斉昭公・
七郎麻呂(慶喜公)像

徳川斉昭公・ 七郎麻呂(慶喜公)像

至善堂御座の間
藩主の御座所(居間、休憩所)
慶喜公が謹慎した部屋

至善堂御座の間 藩主の御座所(居間、休憩所) 慶喜公が謹慎した部屋

葵の紋が入った畳縁

葵の紋が入った畳縁


扁額

扁額

慶喜公ゆかりの長持

慶喜公ゆかりの長持

徳川慶喜家の記念写真

徳川慶喜家の記念写真

弘道館学則

弘道館学則

 

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